エタール・コホモロジー

エタール・コホモロジー(étale[1] cohomology)はアレクサンドル・グロタンディークヴェイユ予想を証明するための道具として考案したコホモロジー理論であり、位相空間上の定数係数コホモロジー、すなわち特異コホモロジーの類似になっている。エタール・コホモロジーはヴェイユ・コホモロジーの一種であるℓ進コホモロジーを構成する枠組みを与える。代数幾何学における基本的な道具の一つで、非常に多くの応用を持ち、ヴェイユ予想への貢献やフェルマーの最終定理の証明の際にも用いられた。

定義

任意のスキームXに対してエタール射u:AX全体からなる圏をEt(X)であらわす。この圏は位相空間Sの開部分集合の圏Top(S)の類似であって普通の開埋め込み射をエタール射に置き換えたものとみられる。しかしながらザリスキ位相の開埋め込み射よりもエタール射のほうが数が多くなっており、その分位相は細かくなっている。この位相を用いることによって通常の層の理論とまったく同様に、Et(X)上に前層および層を定義することができる。それらをエタール前層およびエタール層とよぶ。

Et(X)上の層の成す圏は通常と同様にやはりアーベル圏であり、アーベル圏の理論もしくは導来関手の理論を用いることにより、エタール層Fに対してコホモロジー

H i ( X , F ) {\displaystyle H^{i}(X,{\mathcal {F}})}

の存在および一意性が証明される。これがエタール・コホモロジーである。

もっと一般的には、同様の手順によって、任意のの上でそのグロタンディーク位相を用いて層を定義し、コホモロジー理論を構成することができる。景の言葉を用いるならエタール・コホモロジーはエタール景上のコホモロジーと言い換えることができる。

ℓ進コホモロジー群

エタール・コホモロジーは係数がZ/nZの場合には上手く働くが、ねじれを持たない(たとえば整係数や有理係数)場合は満足する結果を与えない。エタール・コホモロジーからねじれを持たないコホモロジー群を得るためには、ねじれを持つ係数のエタール・コホモロジーの逆極限をとればよい。これはℓ進コホモロジーもしくはℓ進エタール・コホモロジーと呼ばれる。ここでℓは考えているスキームV標数pとは異なる任意の素数を表す。たとえば定数層Z/ℓkZのエタール・コホモロジー

H i ( V , Z / l k Z ) {\displaystyle H^{i}(V,\mathbb {Z} /l^{k}\mathbb {Z} )}

の逆極限

H i ( V , Z l ) = lim H i ( V , Z / l k Z ) {\displaystyle H^{i}(V,\mathbb {Z} _{l})=\lim _{\leftarrow }H^{i}(V,\mathbb {Z} /l^{k}\mathbb {Z} )}

としてℓ進コホモロジーが定義される。ここで注意しなければならないのだが、コホモロジー(右導来関手をとる操作)は逆極限をとる操作と可換ではない。したがってこのℓ進コホモロジーはエタール層Zに係数をもつエタール・コホモロジーとは異なるものである。後者のコホモロジーは存在するが"悪い"コホモロジー群を与える。

ℓ進コホモロジーからねじれ部分群を取り除き、標数0の体上のベクトル空間としてコホモロジー群を得たいならば

H i ( V , Q l ) = H i ( V , Z l ) Q l {\displaystyle H^{i}(V,\mathbb {Q} _{l})=H^{i}(V,\mathbb {Z} _{l})\otimes \mathbb {Q} _{l}}

と定義する。ここでこの記法は誤解を与えるのだが、Qはエタール層でもℓ進層でもない。

性質

一般的に多様体のℓ進コホモロジー群は複素多様体の特異コホモロジー群と似たような性質を持つ。ただ特異コホモロジーは整数もしくは有理数上の加群であるのに対して、ℓ進コホモロジーはℓ進整数もしくはℓ進数上の加群になる。非特異な射影多様体上のℓ進コホモロジーはポアンカレ双対性を満たすほかケネスの公式も満たす。

一方ℓ進コホモロジーは特異コホモロジーと異なり、ガロア群の作用を持つという性質がある。たとえば有理数体上定義された複素多様体のℓ進コホモロジー群は有理数体の絶対ガロア群の作用を持ち、ガロア表現と関係が深い。

いくつかの計算例

Hi(X, Gm)

H 0 ( X , G m ) = k {\displaystyle H^{0}(X,G_{m})=k^{*}}
H 1 ( X , G m ) = P i c ( X ) {\displaystyle H^{1}(X,G_{m})=Pic(X)}

ここでPic(X)はピカール群

H i > 1 ( X , G m ) = 0 {\displaystyle H^{i>1}(X,G_{m})=0}

Hi(X, μn)

μnを1のn乗根の層、nは体kの標数と素とする。エタール層におけるクンマーの完全系列

1 μ n G m n G m 1 {\displaystyle 1\rightarrow \mu _{n}\rightarrow G_{m}{\xrightarrow {n}}G_{m}\rightarrow 1}

より長完全系列

0 H 0 ( X , μ n ) H 0 ( X , G m ) H 0 ( X , G m ) {\displaystyle 0\rightarrow H^{0}(X,\mu _{n})\rightarrow H^{0}(X,G_{m})\rightarrow H^{0}(X,G_{m})\rightarrow }
H 1 ( X , μ n ) H 1 ( X , G m ) H 1 ( X , G m ) H 2 ( X , μ n ) H 2 ( X , G m ) {\displaystyle \rightarrow H^{1}(X,\mu _{n})\rightarrow H^{1}(X,G_{m})\rightarrow H^{1}(X,G_{m})\rightarrow H^{2}(X,\mu _{n})\rightarrow H^{2}(X,G_{m})}

を得るが、ここに上記の結果H0(X, Gm)=k*、H1(X, Gm)=Pic(X)およびi>1に対してHi(X, Gm)=0を代入することによって

H 0 ( X , μ n ) = μ n ( k ) {\displaystyle H^{0}(X,\mu _{n})=\mu _{n}(k)}
1 H 1 ( X , μ n ) P i c ( X ) × n P i c ( X ) H 2 ( X , μ n ) 1 {\displaystyle 1\rightarrow H^{1}(X,\mu _{n})\rightarrow Pic(X){\xrightarrow {\times n}}Pic(X)\rightarrow H^{2}(X,\mu _{n})\rightarrow 1}

となる。下式からH1(X, μn)=Pic(X)のn等分点の成す群、H2(X, μn)=Z/nZおよびその他は0とわかる。

脚注

  1. ^ (fr:Étale)仏語で、[形]静止した;(潮,河川が)動きの止まった,『海』停潮 (ポケットプログレッシブ仏和・和仏辞典 第3版(仏和の部)の解説(コトバンク)) [1]

参考文献

  • Milne, James S. (1980), Étale Cohomology, Princeton Mathematical Series 33, Princeton University Press
  • Gunter Tamme, Introduction to Etale Cohomology
  • Fu, Lei, "Etale Cohomology Theory". (2011, 2015), Nankai Tracts in Mathematics, 13, World Scientific Publishing,
  • 斎藤秀司・佐藤周友 (2012),代数的サイクルとエタールコホモロジー,シュプリンガー現代数学シリーズ,丸善出版

関連項目