人民警察第9中隊

人民警察第9中隊(じんみんけいさつだい9ちゅうたい, ドイツ語: 9. Volkspolizei-Kompanie)は、ドイツ人民警察特殊部隊第9勤務隊(ドイツ語: Diensteinheit IX)とも呼ばれる[1]


概要

1972年パレスチナ解放勢力「黒い九月」による選手村襲撃事件(ミュンヘンオリンピック事件)以降西ドイツにおいてGSG-9SEKが創設される中、東ドイツにおいても対テロ特殊部隊が重要視され、西側諸国およびソビエト連邦の特殊部隊をもとに1973年に創設され[2]、1974年には30人の隊員が誕生した。AKMPM-63 RAKPSM ピストルドラグノフ狙撃銃など東側製装備のほかに、東ドイツ独自開発のSSG 82狙撃銃、 H&K HK33H&K MP5など西ドイツ製の対テロ用小火器を購入[3]し運用していた。

第9中隊は世界青年学生祭典といった式典の警護や、駐屯していたソビエト連邦軍の脱走兵の捕縛[2]といった任務にも駆り出された。ドイツ再統一後第9中隊は解体され、政治思想的に問題ないとみなされた隊員は新しく編成されたメクレンブルク=フォアポンメルン州およびザクセン=アンハルト州SEKに転属された。

組織

最終的な規模は100人程度で、人民警察の25歳から39歳までの警官の中で、士官学校を卒業しなおかつ肉体的心理的に強靭な者が選考されていた。東ベルリンに拠点を持ち、また、国家保安省(シュタージ)の直属指揮下にあった。

参考文献

  • Frank. Metzner/Joachim Friedrich B (2002). Polizei - Sondereinheiten Europas. Geschichte - Aufgaben - Einsätze. Motorbuch Verlag 
  • Sören Sünkler (2010). Polizei Sondereinheiten. Motorbuch Verlag 

脚注

  1. ^ “DDR - Volkspolizei” (German). 2013年12月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月28日閲覧。
  2. ^ a b “Nie einen verloren” (German). 2014年4月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月29日閲覧。
  3. ^ “Kleiner Beitrag” (German). Spiegel Online. 2010年1月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月29日閲覧。

関連項目

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