懐徳黄氏

懐徳黄氏
氏族
朝鮮
領地 大田広域市大徳区
家祖 黄允宝
회덕황씨대종회

懐徳黄氏(フェドクァンし、회덕황씨)は、朝鮮氏族の一つ。本貫大田広域市大徳区である。2015年の調査では8,385人である[1]

朝鮮の黄氏は、中国後漢の重臣だった黄洛から始まった。黄洛は、光武帝時代の28年に使臣としてベトナムに赴く途中に海上で遭難し新羅に漂着・帰化した。その子孫の黄允宝は懐徳黄氏の始祖であり、高麗時代に知文成府事、刑部尚書、佐命功臣を歴任、懐川君に封ぜられた。

平海黄氏長水黄氏昌原黄氏、慶州黄氏、管城黄氏、徳山黄氏尚州黄氏星州黄氏、紆州黄氏、斉安黄氏杭州黄氏、黄州黄氏と共に中央黄氏宗親会をなしている[2]

脚注

  1. ^ “KOSIS”. kosis.kr. 2022年11月28日閲覧。
  2. ^ “황씨종친회”. www.hwang.or.kr. 2022年9月4日閲覧。

参考文献

  • “황씨(黃氏) 본관(本貫) 회덕(懷德)”. 한국족보출판사. オリジナルの2022年11月30日時点におけるアーカイブ。. https://archive.md/dMeOq 
  • 金光林 (2014年). “A Comparison of the Korean and Japanese Approaches to Foreign Family Names” (英語) (PDF). Journal of cultural interaction in East Asia (東アジア文化交渉学会): p. 18. オリジナルの2016年3月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160327222247/http://www.sciea.org/wp-content/uploads/2014/05/03_JIN.pdf 

関連項目